■ ふたりごはん ■


 日も暮れて、オーニッツの街の酒場は仕事を終えた人達で混み始めてきた。

「……えっと……これお一人で、ですか?」
「はい、お願いします」

 メニューを聞き終えた店員が確認した。
 一人分、って量じゃないもんな。
 レッドは店員の復唱するメニューを聞きながら、改めてそう思った。
 注文を取り終え、店員は厨房へ注文を伝えに向かう。

 いつの間にか店内は満席になっていた。

 料理を待つ間に客層をぼんやりと見てみる。みんな家族や友人、仕事の仲間達と一緒に、楽しそうに談笑していた。
 その間にサラダやスープ、パンが運ばれてきた。レッドは小声で「いただきます」と手を合わせ、パンをかじった。

 そういえば、一人でメシ食う事って、あんまりないよな……
 ふと、食事をとる手が止まる。

 リオールであんな事が無ければ、一人でもおいしく食べられたんだろう。
 料理はどんどんと運ばれ、テーブルいっぱいに並んでいても、少しも嬉しい気持ちになれない。

「……あれ、なんで……」
 急に目頭が熱くなるのを感じて、思わず下を向く。

 やばい、こんな大勢人のいるとこで泣きそうになるとか、ありえないだろ。

「なーんか、しけた顔してるねぇ、少年」

 はっ、とレッドが顔を上げると、空席だった向かい側の席に、いつの間にか一人の中年男が座っていた。
 情報屋と名乗る、自分を助けてくれた人物だ。

「あんた……どうして?」
「そりゃおっさんも人間だもん、腹減ったらメシも食いに来るさ。そしたらまぁ既に満席で参ってたら、ちょうどココが空いてたんでね」
 情報屋はそう言って、自分の座る席を指差した。

「それは別に構わねえけどさ、いやそれより、あんた何勝手に人のメシをひょいパク食べてんだよ」
「あ、バレた?」
「バレるわ!」
 レッドはつい声を荒げてしまう。
 どうにもこの人のテンションは、どこかイライラしてしまう。なのに不思議と、憎めないし、嫌いになれない。

「ったく、貴重な人のメシ勝手に食って……って、まだ食うし!」
「美味いよー、この唐揚げ」
 情報屋はフォークに差した唐揚げを、レッドに差し出した。
「いや、それ俺のだからね!」
「あそー、支払いおっさんがしようと思ったんだけど、少年がそんなに払いたいってんなら、これ返すわ」

 そう言って、情報屋は伝票をレッドに差し出した。
 テーブルの隅に置いていたはずなのに、いつの間に取ったんだ?

「……借りは作りたくねえから、ワリカンで」
「りょーかい」
 情報屋は伝票をくるっと丸め、テーブル中央に置いた伝票立てに収めた。

 勝手に俺の分に手を出したり、知らない間に自分の苦手な食材を俺の皿に乗せたり、ちゃっかりデザートまで追加注文したり、どこまでもマイペースな情報屋のせいで、妙に騒がしい夕食になった。

「はー、食った食った!」
 店を出て、情報屋は満足そうに腕を上に伸ばした。

「しかし少年、よく食ったねぇ。ワリカンじゃ不公平なくらいの食べっぷりよ、アレは」
「悪い、ちゃんと俺の分は払うよ。いつもあれくらいの量食うの、おっさん知らなかったもんな」
「いやいや! そういうつもりじゃねえから、財布しまっとけ」
 レッドが財布を出そうとしたのを見て、情報屋はそれを制止した。

「まぁ、あれだ。しばらくは俺もこの街にいるつもりだからよ、たまにはメシくらい付き合ってやるよって話をしたかったんだ。うん」
 少し照れくさそうに、情報屋は後頭部を掻きながら言った。

 もしかして、おっさんなりに気を使ってくれたのか?

「……そっか。なら、またメシたからせてもらおうかな」
 レッドは、にやりと情報屋を見た。
「あ、まさか破産するまで食ってやるとか、そんな事思ってない?」
「さあね?」
 少し焦った様子の情報屋を見て、レッドはくすっと笑った。

「それはまあ置いといてさ。今日はごちそうさん、ありがとな」
「ちゃんとまっすぐ宿に帰れよー、少年」
 情報屋はくるりとレッドに背を向けると、手をひらひらさせて行ってしまった。

 宿に向かおうと歩き出して、レッドは気が付いた。

 ああ、そうか。
 誰かに似てると思ったら、死んだあの人に似てたんだ。

 レッドは振り返り、情報屋の歩いて行った方を見た。もうその後ろ姿は見えなかった。


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 晩ごはんなう。
 よく考えてみたら、1話終了直後のレッドは頼れる人が誰もいないんだよなぁ……
 と、思ったら、ばばばっと出来上がったお話でした。
 おっさんとレッドの絡みは個人的に好きなので、書いてて楽しかったです。

 




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