■ イービルエッグ ■


 薄暗い通路に、二人分の足音が響く。
 一つは、先を歩いていたミストール城の兵士のもの。もう一つは、まだ幼さの残る少年のものだ。
 少年は俯き、兵士から少し距離を置いて後をついて行った。

「ここが魔導師達の仕事部屋だよ。変わった人達ばかりだけど、いい奴らだから安心するといい」
 兵士は少年を、城の東端にあたる塔へ案内した。

 少年は消え入りそうな小さな声で兵士に礼を言って、お辞儀をした。
 顔を上げても、少年はやはり俯きがちで、兵士はついにその表情を見る事はなかった。

「それじゃあ、自分はこれで」
 兵士はそう言い残し、自分の持ち場へ戻っていった。

 一人残った少年は、目の前の扉を見つめる。
 ぎゅっと服の裾を握りしめ、ノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開けた。

「てんめぇ、いつの間にこんなもの付けた! すぐに外しやがれ!」
「やぁよぉ、可愛いし似合ってるから、そのままでいいじゃなーい」

 少年の目に最初に飛び込んできたのは、部屋中を逃げ回る大柄な女性と、それを追いかけるうさぎの耳が生えた、いや、付けられた眼鏡の青年だった。

「エルザ、ベル、お客さんだわ」

 部屋の隅で、我関せずといった様子で、ビーカーの怪しい色の液体を眺めていた白衣の少女が二人に声をかける。
 走り回っていた二人は足を止め、入口に立っている少年を見た。

「あ……あの、僕――」
「やっだぁ、何この子可愛いー!超好みだわぁ!」
 少年の小さな声を遮るように、女性、エルザは少年をぎゅっと抱きしめた。

「エルザ、その子死んじゃうわよ」
 少女はビーカーに試験管の液体を入れながら言った。
 言われて、エルザが抱きしめていた少年を見ると、少年はエルザの腕の中で完全にのびていた。

「あらやだ、手加減してるつもりだったのに」
「ったく、馬鹿力が」
 青年、ベルは開けたばかりの棒付きキャンディをくわえて毒づいた。

「……で、このガキ何者だ? 城じゃ見かけない顔だな」
「あら、今日から新しいコが来るって言ったじゃない。前に回覧あったでしょ?」
「回覧?」

 覚えがない、といった様子で、ベルは首を傾げる。

「その回覧なら、あえてベルにだけ回さなかったわ。ドッキリ大成功」
 二人の側にやってきた少女は、ベルに向かって右手の親指を上に向けた。
「グッジョブ、リン」
 嬉々としてエルザは、少女、リンと勢い良くタッチを交わした。

「またかよ! お前ら俺に何の恨みがあるんだ!」
「恨みなんてないわよ、面白いからやってるだけよ」
「ええ、毎度素晴らしい反応してくれるもの。やめられないわ」
 ねー、と、エルザとリンの二人は顔を見合わせる。

「……う、ん……」
「あら、気が付いたみたい」
 エルザは、意識を取り戻した少年の顔を覗き込む。

「ごめんねー! 大丈夫?」
 目を覚ました少年の目の前に、エルザの顔があった。驚いた少年は、思わず両腕でエルザを突き放した。

「あ、あの……ごめんなさい、ごめんなさい!」
 俯いている少年の肩は、小さく震えていた。

 ああ、そうか。この子も――

 エルザは少年の細い金の髪にそっと触れ、肩を抱き寄せた。少年は思わず、びくりと体を強ばらせる。
「大丈夫、怖がらなくても。ここにいる人達は、私も含めてみんなあなたと同じだから」

 少年の小さな背中を撫で、エルザはなだめるように言った。
 そうして落ち着いたのか、少年の震えはいつの間にか止まっていた。

「……私はエルザ。あなたの名前も、私に教えてくれる?」
「…………ルシオール……ミクラトン」

 うっかりすると聞き逃してしまいそうな小さな声で、少年は名乗った。

「そう、あなたルシオールっていうの。素敵な名前ね! ルシオって呼んで良いかしら?」
 エルザの問いかけに、ルシオは小さく頷いた。

「はっ! うじうじ情けねぇ奴だな。男だろ、本当に付いてんのか?」
「うっさい、ベル」
 イライラとした口調で、吐き捨てるように言ったベルに、エルザは肘鉄を的確に鳩尾に当てた。

「彼はベル、ベルハルト。アホで口悪いけど、悪い奴じゃないのよ」
 エルザは鳩尾をおさえてうずくまるベルを指差し、笑顔で言った。

「私はリィン・レイネル。リンで良いわ」
 名を名乗り、リンはルシオに手を差し出した。ルシオは恐る恐る、その手を取って握手する。

「そうそう、それと向こうで寝てるのがトリスタン、私達はトリスじっちゃんて呼んでるわ。起きたら挨拶してあげて。まぁ起きてる事の方が少ないんだけどね」
 エルザが窓際の揺り椅子で眠っている老人を指差す。この騒ぎの中でも、全く起きる気配がない。

「イービルエッグスのメンバーは、今のところ私も含めてこの四人よ」
「……イービル……エッグス?」
 ルシオはエルザの言った、聞き慣れない単語に首を傾げた。
「私達のチーム名みたいなものよ。誰が最初に言ったのかしらね、悪魔の卵なんて良いセンスしてるわ」
 リンはルシオに、そう教えた。

「ねぇねぇ、今日はパーッとルシオの歓迎会しましょ!」
 パチンと手を打って、エルザが提案した。
「お前が飲み食い騒ぎしたいだけじゃねぇのか?」
「ベル、もっかい肘鉄したげよっか」
 ベルの一言に、エルザは笑顔で言葉を返した。顔は笑っていたが、異様な威圧感があった。

「あの……僕、そんな事していただかなくて、いいです……」
「どうして? お金の心配ならしなくていいわよ。全部ベルが出してくれるから」
「出さねえよ!」
 すかさずベルは、エルザの言葉に反論した。

「お金とか、そうじゃなくて……僕なんて、そんな事してもらうような価値はないですから……」

「そんな事――」
 言わないで、と、エルザが俯くルシオに言おうとしたその時、ベルが側にあった椅子を思いっきり蹴り飛ばした。
 大きな音に驚き、三人はベルを見る。
 ベルはルシオの胸ぐらを掴み、無理やり立たせた。

「さっきからお前、すっげぇ鬱陶しいんだよ! うじうじぐだぐだ、自分は世界一不幸です、みてぇな態度しやがって!」
「は……う……ごめんなさい、ごめんなさいっ……!」
 ルシオは目を閉じて、必死にベルに謝った。

「お前がどんな目にあったか知らねえけどな、ここの奴らはみんな――」
「椅子が壊れんでしょー!」
 怒鳴るベルの顔面に、エルザの右ストレートが炸裂した。その勢いで、ベルは壁際に吹き飛ばされる。

「あんたはちょっと黙ってなさい!」
「……といっても、話せる状態でもないみたいよ、彼」
 完全にのびてしまったベルを見下ろして、リンはエルザに言った。
 せっかく落ち着いてくれたのに、全く、ベルはどうしようもない馬鹿ね。エルザは心中で毒づいた。

「……大丈夫、トリスじっちゃんも、リンも、ベルも私も、ここにいる全員が、あなたと同じだから」
 そう言って、エルザはルシオの手を取った。

 みんな同じ、悪魔の卵だ。


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 スピンオフで書きたい話その1。
 全員個性強すぎて、テンションおかしくなりそうな気配濃厚ですが。
 ルシオ16歳、笑わないし暗いしで、ほんと一番どうしようもない時期ですが
 何だかんだこの変なテンションの環境のお陰(?)で、3年後は多少ましになると。


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